昭和43年2月26日 夜の御理解
元気な心で信心せよとおっしゃいます。全ての事に通じる事でございますけれども。ひとつの事を成して行く為にその元気な心が、ひとつのファイトというものが湧いて来る様なおかげを頂かにゃいけません。最近信心だけの事ではございませんけれども。根性という事が言われます。根性と言うても元気な心と言うてもファイトと言うても内容が私は大事だとこう思うのです。
子供の時に運動会のね。走り比べがあります。そうすっともう一番にやってきよると二番のが追い抜こうと致しますと、肘でこうこうやってからその追い抜かせまいとする。そうすっと後ろのが前のランニングシャツを掴みながらこうやって引っ張るとがおりますもんね。
そりゃもう根性もんですよね。からそういう意味での根性はいけないと思うんですよね。下でもこうこうやってから追い抜かれんごと。ところが厳密に言うと私共の心の中にもそういうものがあるんですよね皆。
先日も若先生が話しておりましたが、ある教会の御大祭におかげ頂いた。もう合楽の事で、まあ持ち切りでございましたそうです、話が。その中に今度の寒修行には、合楽は毎日百名からのお参りがあったげなという話が出たんだそうですが。ある先生が出来るだけおかげ頂かなあいかんで教会長が。自分達もそのファイトが湧くと言われたという事でございますけれど。
本当にやはりあの、本当にあれだけのおかげが受けられるんだ、これは私達がもうちょっと頑張らなというそういう意味のファイトならいいと思うんですね。けども肉迫して来ると後ろから引っ張ったるごたるとがあったり、追い抜かせまいとして肘で邪魔をしたりする様な。ここんところが最近、この方向を変えるという事が言われておりますねもう。
ですからその私共の心の中にですね。私も実は、その恥ずかしい話ですけれども。昨日、一昨日でしたかね。ある教会の御大祭に麻生さんがおかげ頂きました。帰ってまいりましたから、今日は御大祭どうだったですかと言うたら、はいあのぱらーっと一杯でございました。
それを聞かせて頂いてですね。私の心の中に本当に、まあそんな事であってはならないのにです。心地よい感じがするんですね私の心の中に。ね。あんまりお参りが多うございませんでしたと言うよりも、ぱらーっと一杯でございましたというのは、私が喜ぶ為にいいよる様な感じさえしたんですよね。
いや自分の心の中に神心の深い時神心が厚い時有難いなあという時、そういう時には、今日はお参りが多かったですよとこう言われると、良かったねというものがあるんですけれど。私共の心の中にそんなものがないはずだけれどもです。ぱらーっと一杯でしたよと言われたのがなんか心良く入って来るのに。自分ながら驚いてですね。神心とは反対の心なのです。いわゆる方向を変えていなかったという事になる訳ですよね。
今日もある方が参りましてから、この頃あなたお健康の方はどうですか言われたら、もうそれがこの頃おかげ頂いとったんですけれども。医者に改めて診察して貰ったところが、やっぱり前と同じに悪かったとこういう。そしたらその人が非常に喜ぶ表情をしたと言うのですよね。はあおかげで良うなりましたと言うたら、はあそうですかじゃばってん。ね。
また悪かったというたら、その人がですね。もうニコニコとしてですね。はあそれは大変ですね。食事療法は大変ですよと言うちから、まあおもしろうしてこたえんちいうごたる風で言わっしゃったと言う。もう本当にぐらぐらするですね、ここから見とってからという様な話を聞いたんですけれどね。
ほんならお互いの心の中に、今私の心の中にもです、本当にわが心が神に向かうのを信心という事に、方向を向けておる事に一生懸命になっておる私の心にすらですね。他所の教会のぱらーっと一杯でしたが心良く入って来るなんて、もう本当に相済まない浅ましい心だと思うんですよね。
ですから、なら自分の心が神心に本当に向かい、自分の心が有難い勿体ないという時にはですね。本当にとこうその、まあはしたない言い方を祈らにおられないというか。またお参りが多かった時に喜ばして貰える様な状態が、ない事はない、時にはあるんです。けれども時にはそんな事すらがあるのですから。
厳密に私の心の中をですね。見極めさして頂いて、方向を見極めていかなきゃいけない。こんな事じゃいけないと向きを変える。ね。自分の心の中は、もう厳密に言うて、顕微鏡で眺める様な気持で自分の心を改めていけとおっしゃるんですけれども。
そういう見方を致しますと、子供の時に、ね。追い越されちゃあ、そのならんと思うて、肘でこうやったり、ね。そればすると後ろの方から前の襟首を捕まえてこうやって引っ張ったりする様な心がですね。今もなお私共の心の中に巣くうておる。これでは本当のおかげが受けられないと。ね。ところがある。そこで私共はいよいよ深い神心を頂かして頂く為の修行をさして貰うて、ね。有難いおかげを思うわなきゃならんという事を思いますですね。どうぞ。